東京創元社:著・桜庭一樹

“あたし、大西葵13歳は、中学2年生の1年間で、人をふたり殺した。”
【島の夏を、美しい、とふいにあたしは思う。強くなりたいな。強くて優しい大人になりたい。力がほしい。でも、どうしたらいいのかな。これは、ふたりの少女の凄絶な《闘い》の記録。『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の気鋭が贈る慟哭の傑作。】
※この先にネタバレは一切ありません。あるのは感傷だけです。これは俺の闘いの記録であり、後悔の証。よってこれまでの自分に一片の迷いも持っていない方には、激しく無価値なものだと申し上げておきます。
少女の魂は殺人に向かない。
誰か最初にそう教えてくれればよかったのに──
人は人を殺す──
それはいつまでも、どこまでいっても。古今東西、未来永劫──それだけはずっと、絶対、変わらない。
人がそこにいる限り、人が人である限り、人が人であるために。
人は容易く人を殺す。
笑いながら、泣きながら、怒りながら。
そして、悼みながら。
これまで連綿と続けられてきた、最も原始的な行動のひとつ。
愛するように、営むように、貪るように──誰かを、殺す。
すでに、お節介とも言うべき神の恩寵を受けて、生命が──ヒトが現出したときから、それは避けられない事象。
だが、それは絶対的なタブーをも生み出す。
同族殺しの抑制。
生物に持って生まれた本能であり、社会によって刷り込まれた倫理である。
主に法治された世界では、まさに特級的罪悪──時代によっては、そして場合によってはその代償も、またその命。
まさに極刑──目には、目を。歯には、歯を。血は血でもって濯ぐべし。
だが、それでも人は人を殺すことを止めない。止められない。
いまだかつて、それを思いとどまらせたことなどない。
それは生物学的に抑止する本能よりも、徹底した教育による倫理よりも、なお、強い。
なぜ人は殺すのか?
なぜ命は奪えるものなのか?
なぜ殺さずにはいられないのか?
拭い去れない宿業──人として生まれついたサガだからだ。
それは──残酷ながら、誰にしも起こりうる事実でもある。
なぜか。
一般的に“殺人”という行為は“その存在が己にとっての許容量を超えた際に起こる”こととされている。
それなら。
それが真理だとしたら。
それこそ──まさに“日常”そのもの。
今、ただ今。生きるこの瞬間でさえ起こっている、起こしていることではないのか?
つまり。
──日常的に誰かを“殺して”いないだろうか?
憤怒に身を任せたとき、憎悪に心を焦がしたとき、欲望に膝を屈したとき。
それこそ、一時の感情を振りかざし、誰かをあっけなく“殺して”いたことが、あるだろう。
きっとある。あるハズだ。
罪ではない。それは決して裁くことのない、裁く必要のない──思想の自由。
だがしかし。
だからこそ、止められない。
一切の刑罰もなく、そこには──自分のセカイでは、そこかしこで人が死ぬ。
彼はキライ──だから、死ね。
彼女はキライ──だから、殺す。
アイツはキライ──だから、なくなれ。
それは排除。
余分で、余計な──外敵の排斥。
最も簡単で、残酷な存在の削除の方法。
誰にも気付かれない、気付かない。
おまけに血は出ないし、凶器もいらない、だから証拠も出ない。
究極無欠の完全犯罪。
だから、そこには抑制なんてない。
止める必要も、留まる必要さえもない。
だから──“殺す”
理性という脆弱なタガが外れた矢先、もはや一片たりとも容赦はなく人は不必要な人を、不愉快な人を“殺して”いく。
行われるのは、一方的な大虐殺。
誰にも邪魔されない狭いセカイで、無残に、無慈悲に、機械的に抹消されていく命。
始めは無邪気に、次は愉悦に、その次は悪意に、最後は──無価値に。
キリもなく、それこそ──いつでも、いつまでも人は人を“殺し”続ける。
弱い自分のために、脆い自分を隠そう、護ろうと。
鉄壁の拒絶。
他者の存在、魂の拒否。
だが、それは──
裏を返せば、受け入れられなかった認識の慣れの果て。
確かに、一度は見たはずで、感じたはずだ。
でも、だめだった。
だから“殺した”──そうやって、納得させるとともに自分を護ったはずだ。
そこには一見でも、一瞬でも。
認識していた──繋がっていたときがあった、きっと。
果たして、そこに後悔はなかったか?
感じた“痛み”はなかったか?
今も残る“傷”はなかったか?
ならば、その痕が消える前に。それとも拭っても残ってしまう前に──気付ければまだ間に合う。
まだ“殺人”の罪悪を抱えているうちに、手を伸ばせ。
捕まえてほしいと声を上げろ。
なけなしの涙を惜しまず、か細い声を振り絞って──助けを求めろ。
やがて痛みすら感じなくなる、覚えなくなるイキモノに──オトナになってしまわないために。
いつか後悔してしまう、その前に。
思い知れ。
その走った苦痛を──
その刻んだ傷痕を──
その放った慟哭を──
いまだ“殺人者”には向かない少年のうちに。
いまだ“殺人者”には向かない少女のうちに。
それまでの己の“弱さ”を受け入れて。
これからの己を“強さ”を見つけ出せ。
「あたしたち、人を殺したの。殺人者なの。お願い、あたしたちを捕まえて」
